英語って難しいよね(4):英語の何を学ぶのか
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51133522.html
http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20081103/1225671650
上のお二方のエントリーを読んでいると、結局のところ、万人に適した英語の勉強法など存在しないということが良くわかって面白い。以下、少し雑談を。
技術系英語ライティング(西海岸風味)
Dankogai氏が必要としていたのは、アメリカ人(特に西海岸在住の技術者)を対象にしたビジネス英語であり、明瞭に、簡潔に、が旨とされる。その一方で個々の単語のformalityはあまり問題にならないし、相手を怒らせずに相手の間違いを指摘するスキルなどもそれほど重視はされないだろう。更に、ある専門分野に限って英文を書くのであれば、必要な単語はある程度絞り込める。この場合、氏が薦めるように、頻出単語に特化したthesaurus的な辞書というのは実に役に立つ。
政治系英語リーディング
一方でfinalvent氏が必要としていたのは「文系の文章を読みこむスキル」であり、しかも文系の中でも簡潔明瞭であることがあまり重視されない政治系の文章が対象だ(政治の文章がやたらと装飾過剰になりがちなのは洋の東西を問わない)。おハイソな文章になればなるほど、自分の感情を文章に直接表現することはしなくなる。事実を淡々と記すその表現の中に、微妙に色をつけて「個人の感想」を埋め込んでいくのだ。The Economistあたりではそういう文章が結構多い(筆者の好みではないのだが)。
こうなると、個別の単語のちょっとしたニュアンスの違いを悟るために辞書を読み比べたり、正直かなり大変な作業が要求される。大体、ネイティブスピーカーですら細かい言葉の使い分けは統一されていない。in contrastとby contrastには意味上の違いがあるという人もいるし、in contrastは後にtoが続く場合にしか使わない、という人だっている。求道という言葉が浮かんでくるくらい面倒な道のりだが、そこを潜り抜けないと見えてこない世界は確かにあるのだろう。
文系英語ライティング(東寄り)
筆者に必要なのはDankogai氏と同じビジネス英語ライティングなのだが、読み手は主にもっと東、アメリカ東海岸やイギリス辺りで文系(法律とか経済とか)の人が対象になる。この場合、簡潔明瞭に加えてフォーマルであることもある程度要求される(例えば、sort outは書き言葉としては不適切で、resolveとかに変えた方がよい)。ある程度の単語は分かっていないと話にならないし、似た単語の意味の違いもある程度はわきまえる必要が出てくる。たとえば、angry, fury, livid, irateはどれも似た意味だが、irateはangryよりもずっと深刻な怒りを表す。この辺りの違いが気になりだすと、英和・和英はほとんど役に立たない(以前のエントリーも参照されたい)。シソーラスも単体では説明不足に過ぎる。
ただし、逆に言えば、単語の微妙な違いにそこまで気を配る必要がないなら、無理をして英英辞典を読む必要はない。もちろん、英和辞典でニュアンスを勘違いしたまま後で大恥をかく、ということはあり得る。というか、よくある。それでも、初学者の独学のお供に英英辞典というのはやはり荷が重いだろう。筆者は今でも大体英和と和英で事足りている。
もっと踏み込むと、上で書いたのは「自分の書いた文章を読む義務も義理もない人に何とか読んでもらう」ために必要なスキル(の一部)であって、読み手側にある程度解読の熱意なり義務なりが期待できるなら、必要な英語の訓練はぐっと軽減される。極端な話、thereforeとかfor exampleとかButとか、接続詞の使い分けさえ何とかなっていれば、文法はそこまで気にする必要はない(ただし、文法には大変大らかなことで知られるアメリカ人も、三単現のsを間違うと流石に問題だと思うらしいが)。
文法や多彩な単語の使い分けよりもずっと重要なのは、明快な筋道と適切な段落分けだ。意味の通る文章を書いていれば、文法を間違おうが、単語の微妙なニュアンスを無視しようが、読み手が適当に補完してくれる。本当に理路整然とした文章ならば、読み手は無意識のうちに意味を補完していくので、読み手の負担はそれほど大きくならない。
ただし、日本語での読み書きになれていると、この理路整然というのが意外と難しい。例えば、上の段落で「こうなると、個別の単語の・・・」という文章がある。もしこの文章を英語で書いていたら、まずこのような表現はしない。「このような政治的な文章を読み解くには、個々の単語のニュアンスを正確に読み取るために辞書を読み比べるといった、かなり大変な作業が要求される」といった文章になるだろう。長くなるので、第2節はコロンで繋げて別の文章に分けるかもしれない。ここで、”こうなると”を"In this case"とか書いてしまうと、「ぼやけた文章」と見なされて、貴重なる森林資源が無為にゴミ箱へと投じられてしまうのである。
「一文で2つ以上のことを語らない」「1段落のメッセージはひとつ」「キーメッセージは段落の最初の文章か最後」「前の文章で書いたことを差すときにitは使わない」「どれとどれとが並列関係にあるかを明示する」といった、日本語でも普通に通用する文章テクニックが英語でもそのまま役に立つ。英語に自信がなく、にもかかわらず英語で書き物をせねばならないなら、単語をこねくり回すよりも、文章の論理構成をフローチャートを起こす勢いで再確認した方が多分有効だ。
コミュニケーションのための英語(おまけ)
ウェブの議論らしく、上のエントリーでは読み書きの英語ばかりが話題に上っているが、失礼のない会話がしたいと思えば、また違う知識が必要になってくる。例えば、boy/girlは坊っちゃん嬢ちゃん的なニュアンスを含む言葉であって、高校生に向かって使えば「なめてんの?」位の反応を覚悟せねばならない。ladyというのも微妙な表現で、かなりのお年寄りが使うならばともかく、そこら辺の若造が使えば「見下しやがって」と思われる恐れがある。
この手の地雷は山ほど(とはいえ、勉強すれば一通り覚えられる程度の数)あって、例えばhandicappedという言葉。この言葉の由来はhand in capで、そこから物乞いの姿が連想されることもあり、「politically incorrect(要するに、地雷)」な単語の一つとなっている。"blind"も、the blindのように定冠詞を付けてしまうと特定個人を指さすニュアンスが強まり、結果「あのメクラ」的な蔑視のニュアンスを生むので避けた方が無難だ(いずれ書くつもりだが、theの扱いは本当に難しい)。
もしあなたが色々なバックグラウンドを持った外人と話さねばならない立場にいるのなら、必要なのはLongmanでも一括検索英英辞典でもなく、politically incorrectな表現を避けるノウハウになる。表現が単調すぎてつまらない会話になったとしても、相手を怒らせるよりも遥かにましなのだから。
結局の所、筆者の結論は非常につまらないところに行き着く。英語が出来ない理由はたくさんある。なぜなら、それぞれの人にとって必要な英語は違うから。だから、「まず勉強することから始めよう」ではなく、「まず使ってみよう」の方が、回り道に見えて上達は早いような気がする。興味分野を適当に検索して掲示板やらブログやらを読んでみてもいい。オンラインゲームで外人と無理矢理コミュニケーションを図ってもいい。そうすれば、自分に必要な英語というのがある程度見えてくると思うので。ちゃんとした英会話学校に通ったりするのはそれからでも十分間に合う。