ハンク・ポールソンと議会

7000億ドルを破綻行に注ぎ込む「ポールソン・プラン」が否決されてしまいました。直前まで結構楽観的なニュースが流れていたので、そのまま何とかなるのかなと思っていましたが。


まぁ、今頃マスメディアでもブログでも「否決をどう見るか」「今後の経済の見通しは」みたいなネタは山ほど書かれているのでしょうし、こんな滅多に更新しないブログで時事ネタを扱ってもしょうがありません。それよりも、せっかく英語関連のエントリーを書き始めたことですし、ポールソンの「言葉」について書かれた記事を紹介したいと思います。


http://www.ft.com/cms/s/0/d6dd1736-8bed-11dd-8a4c-0000779fd18c.html Man in the News: Hank Paulson (FT Sep. 26th, 2008)

His approach in the crisis has been that of a hard-driving chief executive, not a politician. This was no time for bureaucratic niceties; it was a moment of peril. He needed authority to spend $700bn in whatever way he saw fit, buying different financial assets to stabilise the system. Mr Paulson sent the request to Congress in a two-and-a-half page legislative proposal.

The brevity was not intended as an insult to Congress. But it had that effect, smacking of the elite closed circle deal making of a “Wall Street Master of the Universe” (when not talking to mem­bers of Congress he favours rapid, brusque phonecalls to gather information and shuns e-mail). The draft proposed half-yearly reports and decisions would not be reviewable. “I can only conclude that it is not just our economy that is at risk but our constitution,” said Chris Dodd, chairman of the Senate Banking Committee.

『危機に臨む彼の姿勢は猛烈社長のそれであって、政治家のものではなかった。官僚的なお上品さにつきあっている暇など無い−今は非常時なのだ。システム安定のために、彼が適切と信じるあらゆるやり方で金融資産を購入するための7000億ドル、この支出への議会承認を彼は必要としていた。ポールソン氏は2ページ半の法案のプロポーザルを議会へと送った。

このプロポーザルの簡潔さは、議会を侮辱することを意図していたわけではない。だが結果的にはそうなった。「ウォールストリートの覇者」の閉鎖的な、エリートくさいやり口だ、と。(議会関係者以外と話すとき、彼は電子メールを嫌い、迅速かつ無愛想な電話で情報を集めるやり方を好んだ。)草案には、(公的資金注入の状況について)半年ごとに報告書を提出すること、注入に関する決定は覆らないこと、の2点が盛り込まれていた。「これは経済だけでなく、我々の憲法をもリスクにさらすものだと結論せざるを得ない」と上院銀行委員会委員長のクリス・ドッドはコメントした。』

But Mr Paulson has never been a salesman. That has showed too. One congressional aide said his awkward style had hindered the sale of the rescue plan. “You watch him, he stutters and stops. He’s not eloquent. He has a hard time, the quotes don’t come off well,” the person said. In one case Mr Paulson blurted out that he did not want to be accountable to taxpayers. What he meant was that he regretted having to ask for the bail-out. At another hearing, he stumbled over “everyday needs” (“every nay deed”), he paused. “Sometimes the words don’t – they never do come out that smoothly for me, but it’s been a long couple of days.”

『だが彼はどうあっても営業マンではありえなかった。それは以前から明らかだった。ある議会関係者は、彼の不器用なスタイルが彼の救済策を議会へと売り込む妨げになっていると語った。「彼をみていれば分かるだろう、彼はよくどもるし詰まりもする。彼は能弁な質じゃない。見積もり通りに事が運ばず、彼は苦しんでいる。」ある時、彼は納税者に説明するのはいやだ、と口走った。実のところ、彼が言いたかったのは納税者に負担を要請するのは心苦しい、ということだった。またある時、彼は"everyday needs"と言うべきところを、詰まって"every nay deed"(訳注:無理矢理訳せば、あらゆる証書ではないもの、とか)とやってしまい、彼は固まった。「私は時々言葉がうまく・・・滑らかに出てこないときがある。しかし、長い2日間だった。」』


ポールソン氏にとってネガティブな部分だけを書き出しましたが、記事全体としては「ポールソン氏が歴史に名を残す財務長官であるのはもはや当然であり、後はどのように名を残すかどうかだけが問題だ」という基調で、つまらない揚げ足取りの記事ではありません。


ハンク・ポールソンという人はそのキャリアのほとんどをインベストメントバンカーとして過ごしてきました。顧客も、上司も、部下も、その全てが専門家(しかも、かなり優秀な部類の)であり、決定権をずぶの素人が握っている今回のようなケースは経験になかったのかもしれません。


専門家には一番重要な要旨を用意すれば事は足ります。むしろ、10ページの力作を用意しても無視されますし、50ページともなればむしろ書き手のやる気と能力とを疑われること請け合いです。しかし、素人相手となると事情は変わってきます。訳の分からない様々な政策の一つ一つに、それでも決断を下さなければならない議員にとって、2ページ半の要旨で決断を下せと言うのはやはり受け入れがたいことなのかもしれません。むしろ、結論を下すプロセスこそが重要であり、来るべき選挙で「2ページの紙切れで易々と騙されやがって」と批判されたときに返す言葉もなくなります。


その意味では、この記者が書いているとおり、『政治的な嗅覚がある人であれば、議員と民間の銀行マンを交えた監視委員会の設立を提言しただろう。だが、彼のキャリアは政治的なスキルやカリスマに立脚したものではなく、疲弊を強いる時間を働き抜き、様々な関係や分析に対する洞察にこそ立脚するものだった。』という点は的を射ていたように思います。ここ数ヶ月、「居るべき時期、居るべき場所に、ポールソンとバーナンキというこれ以上はあり得ないという人材を得ることが出来たアメリカは幸運と言うべきか、すごいと言うべきか」などとつらつら考えてきました。しかし、その優秀さこそがこのようなすれ違いを招き、下手をすれば今後の世界の動向をすら左右しかねないのだと考えると、色々と感慨深いものがあります。


まぁ、まだポールソン・プランはご破算になったわけではなく、なんと言ってもオバマ候補はかなり積極的なようですから、日本のように4年も5年もかかる、というような体たらくにはならないのかもしれませんが。まぁ、そのあたりの見通しは他の方にお任せして、私は黙って事態の行く末を見届けたいと思います。